過去ログ<命への感謝>

過去ログ転用

【命への感謝1】
よく思いました。謙虚さって、どうしたら出てくるんだろう。「謙虚な振り」というのは出来ます。それは誰しも大人になれば、社交辞令の七つ道具の一つとして持っているものでしょう。でも、本当の謙虚さとはちょっと違うような気がしてて・・・七つ道具の一つを否定してるわけではないですよ。ある意味、世間を渡っていくうえで必要なツールですから。ただ、本当の謙虚さを持ち合わせた人間になりたいと思っていて。それには、まず本当の謙虚さを知らねば。ということになりますよね。それに対する、僕の中で一つの答えがようやくみつかりました。それは『命への感謝を心から持つこと』“この世に命を授けられたことへの感謝”“今ここに命あることへの感謝”“これから先も命が続く限り、生きることを楽しめることへの感謝”それらが出来れば、“振り”というツールを使わなくとも、自然に謙虚さが身についてくるのではないだろうか。話は変わりますが、僕は昨年はじめて死を意識した出来事がありました。ちょうど1年前です。その経験があって辿り着いた答えです。そのくだりは、次回またお話しさせて頂きますね。では。

【命への感謝2】
前回のブログで、昨年はじめて死を意識しましたと言いましたね。そこに繋がる出来事は、そこから遡ること1年つまり、今から数えて2年前に。僕の首、喉仏付近に異変が起きたのです。それは小さなしこりという形で。僕は気づいてなかったのですが、いつのように向き合って朝食を採っている時にきみこさんが気づきました。「あれ、ちょっと見せて」訝し気なまなざしで僕の首を見るきみこさんの視線はいつになく険しい。ズームされた瞳孔は、喉仏付近の一点に。「これ、ちょっと腫れてない?」「えっ、気のせいだよ」トーストを頬張りながら僕は答えました。「いや、腫れてるよ!鏡で見てごらん」見ると確かに。そして触れてみると少し硬い気もする。(自分のことなのに気つかずにきている僕もどうかしてますが 苦笑)「そうだね、まっ、とりあえず様子みるよ」「大丈夫?・・・ まあ、そうだね・・・」そんなやりとりがありました。それからは急に腫れが大きくなることもなく、数ヶ月か過ぎていったのですが昨春くらいから、にわかに腫れが著しくなる。それと共に、喉仏の位置が腫れに押されて左寄りにパッと見、分かるくらい。また、食べ物を飲み込む時も「ウング・・・」と音がするくらいにちょうどアニメ『サザエさん』のエンディングで、ピーナッツを口に入れた時に出る喉を通過する際に出る音「ウンガググ」みたいな声も掠れてきてるし、咳もよく出るように。そして、腫れてる側の右首から肩関節にかけて疼痛が。言葉で表現するなら「肩が抜けそうな痛み」とでも言いましょうか。その時“やばい”と感じました。ネットで症状を追うと“悪性リンパ腫”?今まで特に大病を患うことなく過ごしてきたので、過信してた部分はありました。でもまさか・・・日に日に腫れも大きくなり、それに比例し痛む時間や頻度も多くなりました。その頃から、きみこさんは痛めた自身の指を庇うことなく、毎日喉の反射区をリフレクソロジーしてくれました。ありがたいやら、申し訳ないやら。僕は僕で、セルフかいほうワークを。そこで僕は初めて死を意識しました。「ひょっとして終わりかも・・・」「すぐに病院に行かなきゃ」って皆さん思うでしょう。でも、それが出来ない理由があったんです。それは、保険に入っていなかったからです。数年前に解約したまま、保険の放置プレー状態。「とりあえず保険に入らなきゃ」ということで保険に入ろうと思い、探したんですが保険って病気によっては適用されるのに3ヶ月くらいかかるんですね。しかも、検診付きの保険が多くて。この首の腫れを視たら一目瞭然、精密検査が必要となるでしょう。検査が黒だった場合、当然被保険者の資格はもらえません。やっとみつけた、検診なしの保険は今から入っても、適用が最短で8月15日・・・「よし、その間なんとか踏ん張ろう」じつは僕、死に対する怖れはそれほどありませんでした。それより、家族に迷惑かけることの怖れの方が・・・“まだ家の負債と店舗の負債、合せて2,600万円以上あるし・・・”“このまま病院に行って、宣告されても治療費をどうやって賄えばいい?”“きみこさんに迷惑がかかることは必至”“仕事も今のようにできなくなるし”そんなことが頭の中でグルグル。もう頭では癌と完全決め込んでたふしはありました。苦しみのピークは昨年のお盆前。8月に入ってからです。いまでこそ言えますが、じつはその頃、整体するのもままならない状態でした。一人施術したしたあとはベッドで休み、整体の間隔も長く取りました。毎年お盆に恒例で行ってた、家内の母親の帰省につき合うことも今年は出取りやめ。

【命への感謝3】
そして、迎えた8月15日。「これでやっと病院に行ける」と目覚めたその日の朝奇跡が起きたのです。5時起床まったく痛みが無い。食べ物が喉を通過する際の「ウング・・・」もない。肩周りに発生していた、あの抜けるような痛みも嘘のように消えてる。こんなことってあるんでしょうか。結局病院に行くのは当面見送り(適用解禁と同時に受診したら、あとで保険屋さんにいろいろ詮索されるのが嫌だったので 笑)翌年(今年)の1月に受診。県病院での診察結果は、【甲状腺腫】という甲状腺にできる良性の腫瘍ということでした。医者からは甲状腺の全摘を勧められました。このまま膨らんでくると、ことがあった時、挿管が出来なくなるし、食べ物が喉を通りにくくなるし。また、全摘すれば、喉の違和感はなくなるとのこと。が、一方で全摘すると一生甲状腺ホルモンの薬を飲み続けないといけないとも言われました。結局、自己判断で当面それは見送ることに。医者からは「この腫瘍は小さくなることは無い」と言われました。しかし、その後どんどん小さくなっていったように思います。喉仏の位置も、随分中心寄りに戻って来てます。パッと見、腫れてるのも分からないくらいです。喉の違和感も今はまったくありません。この出来事を振り返った時、何の気づきがあるんだろう。死を意識してから無意識でしていたこと。そしてそれは今でもしていること。“命への感謝”以下の言葉をアファーメーションという形でするようにしています。「この世に生を受けたことに感謝」「今、ここに命あることに感謝」「これから先も寿命が続く限り、生きることを楽しめることに感謝します自由に自然に自分らしく」

【命への感謝4】
人はついつい生きていることが当たり前になり今、命あることに対して、あらためて思いを馳せることも少ないように思います。死を意識するような出来事があって、はじめて思うのが普通かもしれません。さんまさんがよく仰ってますよね。「生きてるだけで丸儲け」って言葉。凄いと思います。生きてることへの感謝を想像した時、それに紐づいてくるのが“ご縁”だと思いますがご縁は今まで関わってきた人との関係性はもちろん出来事のご縁であったり食べ物のご縁であったり仕事・趣味のご縁であったり思想・理念のご縁であったりさまざまなところに存在しています。それらすべてに象られて今の自分がつくられています。別の見方をすればご縁を意識した時に、おのず帰結していくところが感謝のようにも思います。先日、京都アニメ―ションへの放火事件で多数の方々が亡くなりました。亡くなられた方に対し、ご冥福をお祈りいたします。また、そのご遺族に心よりお悔みを申し上げます。誰の命が重いも軽いもないですがお若い方が多く犠牲となりまだまだ、この先の人生を楽しめる方ばかりと思うと切ないですし心も塞ぎとても心がいたみます。このような惨事が起きた時亡くなられた方々や、被害を受けた会社に対し、自分に何ができるだろうかと思いますよね。もちろん祈ること、ボランティアをする、募金をする。大切なことです。でも、今生きている僕ら残された者がしなければいけない、大切なことがもう一つあるような気がします。それは、“命への感謝”ではないでしょうか。それも、亡くなられた方々への供養になると想像します。話は変わりますが、僕は『諸法無我』という言葉が『諸行無常』と並べて大好きです。20代の頃、はじめてその言葉を聞いた時から、意味をしっかり咀嚼する間もなく妙に惹かれていきました。何となく、字面から入っていったようにも思いますがいま思い起こしてみると当時エゴ(自我)が強かった自分が、本能的に求めていたものだったようにも思います。これは、仏教の重要な3つの理念、”三法印”の一つで、「すべての人や物事は単独では存在しえない」という意味です。生きとし生けるもの亡くなられた人、今命ある人すべてご縁で繋がっています。ご縁なくして生まれることも生きることも出来ません。今回の死を意識した出来事が、自分の中で“命への感謝”を呼び込みこの年になってやっと『諸法無我』が少し理解できた気がします。そして、本当の謙虚さを身につけるために大切なことその答えが命への感謝ご縁に感謝にあることを。