執着のワナ「大切な人だからこそ」

 

ゆうじです ^ ^

 

今日は

執着のワナ「大切な人だからこそ」

 

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あなたの大切な人は

あなたの執着の対象となっていませんか?

 

 

大切な人であるがゆえに

「こうなって欲しい」

「こうなって欲しくない」

が、強くなりがちに

 

  

 

理想像が、膨らめば膨らむほど

それに付随して

不安や、心配事も増えていきます

 

そして

対象となる人物が

「自分の思うように動いてくれない」

「自分の思いを理解してくれない」

 

 

そこから

「こうじゃなきゃ絶対ダメ」

「軌道修正しなきゃ」

という発想が生まれます

 

 

 

その発想が言動、行動として発露された時

執着が始まります

 

 

 

 

執着は、雪だるまが雪山を転げてゆくみたいに

みるみる大きくなっていきます

 

 

 

 

気がついたら

その雪だるまの中にズッポリ自分は埋もれてしまって

身動き取れなくなります

 

 

 

 

僕はかつて、息子が執着の対照になっていた時期がありました

「こうなって欲しい」

「それは危険だから、こちらを選択したほうがいい」

「俺は間違ったこと、言っていない」

 

 

 

 

言うことをきかない息子に対し

力技で、自分の思い通りにさせようとしました

 

 

 

すると息子はもっと心を閉ざし

反抗的な態度を取るように

 

 

 

なぜ、あの時

「もっと、息子の気持ちに寄り添ってあげなかったのだろう」

「高い視座から、状況を観ることができなかったのだろう」

 

 

 

 

今はよくわかるのですけどね

 

 

 

 

人は愚かな生き物です

 

 

 

 

随分経ってから色々気づくものです

 

 

 

 

それら、自分や相手を苦しめるもと

執着から離れるため

愚かさかに気づくための智慧が

仏教には、ふんだんに盛り込まれています

 

 

 

 

そして、その智慧を参考書としてまとめたものが

『般若心経』

です

 

 

 

 

また、参考書の内容を理解するために

実践していくエクササイズが

坐禅やマインドフルネスです

 

 

 

 

 

話は変わりますが

仏教は何を目罪していると、あなたは思います?

つまりゴールはどこにあると思います?

 

 

 

仏教はブッダと一つ、一体になることを目指します

 

 

 

なぜそこを目指すのか?

 

 

 

それは

一体に近づくほど

心の安寧と共に、他人との最善の向き合い方の答えが

智慧としてギフトされるからです

 

 

 

 

今まで自分(自我の領域)では気づけないことが

気づけるようになる

それこそが智慧です

 

 

 

その智慧を得られることを

別の呼び方をすると

《ご利益》と言います

 

 

 

 

 

自分が相手を変えるのでなく

自分が相手の見方を変える

 

 

「これではいけない」

一方向の見方でなく

 

 

  

角度を変えれば

360度、別方向の見方があることにも気づけるのです

つまりスコトーマが外れるのです

 

 

 

今日も読んでくださり

ありがとうございます

おかげさま(=^x^=)

 

 

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自由に

自然に

自分らしく

 

 

  

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